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自分の軌跡を形に


by kazuyuna
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たまには小説でも

1ヶ月ぶりくらいに散髪してきました。
5月になると忙しくなりそうなので今のうちにしておこうかと思いまして。
次に散髪するまでには就職活動が終わっているといいのですけれど。

さて、今日は管理人が昔書いた小説をアップしてみました。
誤字を直しただけで、ほとんど原文のままです。
駄文ですが、お暇のあるかたは以下の「読んでみる?」をクリック!



【笑顔】


道を一人の男が歩いていた。年は30の後半あたりの男であった。

それはある秋の昼下がり。風もなく、雨も降っていない。

男は空を見上げた。

その日の空はどんよりとした曇り空。

今は雨が降っていないが、いつ振り出してもおかしくない天気だった。

「あれから、もう10年の月日が経つんだなぁ」


その男は10年前まで医者をしていた。小さな町の小さな病院。

一日に訪れてくる人の数も少なく、収入も少なかった。

腕がなかったわけではない。実際、大きな病院からの誘いも多かった。

大きな町の大きな病院に移れば、収入は今よりもずっとずっと良くなるだろう。

しかし、男はお金に興味などなかった。

自分を信じて病院を訪れてくれる。

診察が終わったあとに笑顔でお礼を言ってくれる。

それだけで十分だった。それ以上を望んでもいなかった。

自分はこの街で一生医者を続け、多くの人の笑顔を見ていくのだと
心に決めていた。

きっと男は医者を続けていたに違いない。

そう、あの事さえ起きなければ……。


それはある秋の日に起こった。

「お大事に」

男は笑顔でその日の最後の患者に言葉をかける。

時間は夕方の6時、病院の診察時間は午後5時までとなっているので
1時間ほど遅れているがこの病院ではよくあることだった。

せっかく来てくれたのに診ずに帰すなんてできないだろう?

男のポリシーであり口癖であった。

「さて、全ての患者さんを診察したし。帰ろうかな」

そう言うと男は帰り支度を始めた。まずは診察室の掃除を始める。

この病院には看護婦がいない。雇おうと思っても男にはお金がなかったから。

だから全てを自分だけで行っていた。

掃除や整頓を30分ほど行った後に、自分の荷物をとり電気を消した。

今まさに病院を出ようとしたその時であった。

リーン

静寂を切り裂くように電話の音がなる。男は部屋に戻り、受話器をとった。

「はい。もしもし」

受話器からは、小さい女の子の声が聞こえてきた。

「先生、お母さんを、お母さんを助けて」


男は急いで教えてもらった住所へと向かった。

そこで男は2つの驚きに出会うことになる。

一つ目は、女の子が言っていた「お母さん」が
自分の知っている女性だったことである。

学生時代の級友である。

男はその女性に淡い恋心を抱いていたが、
結局学生時代にはその事は告げられなかったという想い出つきだ。

まさか、こんな形で再会することになろうとは。

と、男は小さな奇跡を喜んだ。

しかし、小さな奇跡では大きな悲劇には勝つことはできなかった。

二つ目のの驚きこそが大きな悲劇であった。

その女性は末期の癌であった。医者の目から見て治る見込みは
ほとんど無かった。

「どうしてこんなになるまで……」

心の底から漏れた言葉であった。

その言葉に反応したのは、布団の中で寝込んでいた女性であった。

「お医者様にみてもらうお金がなかったものですから…」

今回の電話は、子供が独断でしたことらしい。

親は医者に診せるつもりはなかったらしいのだが、

子供の方が耐えられなかったのであろう。

当たり前だ。親が苦しんでいるのを心配しないはずがない。

子供というものは思ったよりも敏感なのだ。

「せっかく来てもらったのに悪いのですが、お帰りになってください」

その言葉に即座に反応する自分がいた。

「いえ、帰りません。ここで帰っては僕は医者ではなくなりますから」

自分はこの人を助けるために医者になったのだ、と男は思った。

なぜ、そう思ったかは分からない。

しかし、その時に確かに男は思ったのである。


それからの生活はすごいものだった。

癌に関する論文を読み、癌の研究をしている人達のもとを訪れて話を聞いた。

男は思いつく限りの事をした。

睡眠時間を削り、全ての時間をこの女性の為にと費やすほどであった。

しかし、それでも病気は治らず、
ついには女性は亡くなってしまったのである…。

その時、男は思った。

医者っていうものは、自分の助けたいと思った一人でさえ
助けることができないのか。

もし運命というものが決まっているとしたら、
その運命を変えることなんてできないんだな…、と。

女性が亡くなった日を境に男は医者をやめてしまった。

小さな村に一つしかない病院が無くなってしまうという事態に
村の人達は必死に男を引きとめた。

それでも、男の決心は揺るぐことなく病院をやめてしまったのである。


「あの日も丁度こんな天気だったな」

医者をやめた日を思い出しながら男はそう呟いた。

「さて…買い物でもして帰るとしようか」

そう行って店に向かおうとした時である。男の隣で女性の声が聞こえた。

「先生?もしかしてあの時の先生ですか?」

「あなたは?」

「私です。ずっと前に母の病気を診てもらった。ほら、病院に電話をかけた…」

驚いた。こんな偶然があるのだろうか。

「先生は今どこの街でお医者さんをしていらっしゃるんですか?」

唐突に聞かれたこの質問に男は答えられなかった。

「母から預かっていた手紙を渡そうと病院に行ったら、
もう無くなっているんですもの。驚きました」

「…手紙?」

「ええ、これです」

あの日以来ずっと肌身離さず持っていたらしい。

いつ、どこで出会っても渡せるようにと。

男はその手紙の封を切り、読み始めた。


私の病気のために一生懸命になっていただき、ありがとうございました。

あなたに診てもらう前から助かることはないんだろうなって、分かってました。

自分の身体は自分のことが一番よく分かっていますから。

だからこそ、そんな私のために一生懸命になってくれる
あなたの行為が嬉しかった。

この手紙を読んでいるということは私はもういなくなっているという事ですね。

でも、あなたのしたことは決して無駄じゃない。

自分のために一生懸命してくれる人がいる。

そう思えることだけでも十分幸せでした。

医者というのは患者を治すことだけが仕事じゃないんだなぁって思います。

治らないかもしれない病気に一緒に立ち向かってくれる、

そんな勇気を患者に与えるのも仕事なんだと思います。

そして、その両方をあなたは満たしている。そう思います。

これからもその心を忘れずにもっともっと素敵なお医者さんになってくださいね。

その姿を見れないのは残念だけど、成功を天国より祈っています。

最後にもう一度言わせてください。

ありがとう。


手紙はそこで終わっていた。

「僕は…僕は馬鹿だ…」

男の頬を涙が伝った。一度流れ出た涙は止まることがなく、溢れていた。

「先生、どうしたんですか?」

「いや…なんでもない…」

「先生、さっきも聞いたんですけど、今働いている病院を
教えてもらえませんか?私、今看護学校に通っているんです。
卒業したら先生のいる所で一緒に働きたいと思ってるんですよ」

女性は笑顔でそう言った。

「看護学校…ということは看護婦に?」

「はい!母を診てもらった時に思ったんです。
人を助けることのできるお医者さんってすごいなぁって。
私にもそのお手伝いができるといいなぁって。」

「しかし、僕は君のお母さんを助けることはできなかった…」

「そんなことはありませんよ」

その女性ははっきりとした口調で答えた。そして、続けてこう言ったのである。

「先生に診てもらってからのお母さん、笑うことが多くなりました。
それまではあまり笑顔はなかったのに。
それって先生が心を救ったからですよ?
先生が沈んでいたお母さんの心を助けたからです。
笑顔をつくることのできるお医者さんって素晴らしいですよ」

その言葉は男の全身に、心へと染み渡っていった。

この10年間、僕は何をしていたのだろう。

医者というものに勝手に限界を定めて。勝手に幻滅して…。

どれほどの笑顔を見逃してきたのだろう。

何人の笑顔をこの手でつぶしてきたのだろう。

今から、僕はどうしたらいいんだろう?

男がそう思っているときに女性が笑顔で声をかけてきた。

「先生、教えて下さいよ~。私、先生と一緒に働きたいんですから」

そうだ。答えなんてとっくに出てるじゃないか。

もう一度医者としての仕事に就こう。そして多くの笑顔をつくっていこう。

この10年間を取り戻せるわけじゃない。

でも、ここで医者に戻らなかったらそれは10年前の繰り返しになるじゃないか。

そう決心した男は手紙を持ってきてくれた女性に笑顔で告げていた。

「…ありがとう」

気がつけば、先ほどまでの曇り空からは太陽の光が差し込んでいた。

それは男のこれからを祝福しているように思えた。

――Fin――
by kazuyuna | 2006-04-23 22:05 | 小説